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福岡高等裁判所 昭和44年(行コ)14号 判決

控訴人 高畑木材合資会社

被控訴人 熊本税務署長 ほか一名

訴訟代理人 伴喬之輔 山本秀雄 ほか三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

控訴人

一  原判決をつぎのとおり変更する。

(一)  被控訴人熊本国税局長が昭和三八年二月二一日付でなした控訴人の昭和二六事業年度分(昭和二六年八月一〇日から同二七年一月末日まで)の法人税についての再更正処分ならびに昭和二九事業年度分(昭和二九年二月一日から同三〇年一月末日まで)の法人税についての更正処分に対する審査決定を取消す。

(二)  被控訴人熊本税務署長が昭和三二年一月二三日付でなした控訴人の昭和二六事業年度分の法人税についての再更正処分ならびに昭和三二年三月八日付でなした控訴人の昭和二九事業年度分の法人税についての更正処分を取消す。

(三)  前項掲記の請求が認められない場合には、被控訴人熊本税務署長のした

(1) 前記昭和二六事業年度分についての、法人税額一三四万二、九五〇円(但し審査決定により一〇一万八、七九〇円に減額)、重加算税額二〇万六、〇〇〇円(但し審査決定により四万四、〇〇〇円に減額)とする再更正処分のうち、法人税額六九万九、七〇〇円を超える部分および重加算税額の全部

(2) 昭和二九事業年度分についての、法人税額六二三万九、七二〇円(但し審査決定により六〇九万七、五六〇円に減額)、重加算税額一二八万八、五〇〇円(但し審査決定により一一七万二、〇〇〇円に減額)、過少申告加算税額一八万〇、四五〇円(但し審査決定により一八万二、八〇〇円に増額)とする更正処分のうち、法人税額九万六、五一〇円を超える部分および重加算税額、過少申告加算税額の全部を取消す。

二  訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

被控訴人ら

主文同旨

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

(一)  控訴人は原木の買付けならびに製材、販売等を目的として昭和二六年八月一〇日設立された法人で、同年度以降青色申告書提出の承認を受けているものであるが、昭和二六、同二九事業年度の所得額並びに法人税額に関し、原判決別表のとおり確定申告をしたところ、被控訴人熊本税務署長は、昭和二六年度分については同表記載のとおり更正処分、同三二年一月二三日付で同表記載のとおり再更正処分を、昭和二九事業年度分については、同三二年三月八日付で同表記載のとおり更正処分をなしたので、控訴人はこれを不服として、被控訴人熊本国税局長に対して前記両処分につき審査請求をしたところ、同被控訴人は昭和三八年二月二一日それぞれ原判決別表記載のとおり両処分の一部を取消したのみで爾余を棄却した。

なお控訴人は同表記載の昭和二六事業年度分の更正処分税額はすでに納付した。

(二)  しかしながら、右審査決定の通知には全く理由の付記を欠いているわけではないが、著しく不充分であつて、理由付記がないに等しく、当時の法人税法第三五条に照し違法な処分として取消さるべきである。

(三)  また、前記のとおり控訴人は昭和二六事業年度以降青色申告書提出の承認を受けていたものであるから、当時の法人税法第三二条によれば、更正処分の通知には理由の付記を要するにも拘らず、被控訴人熊本税務署長のした前記両処分の通知は全く理由の記載を欠き、且つ同法第三一条の四によれば、帳簿書類の調査により計算に誤がある場合のみしか更正できないのに、推計によつて課税標準を算出しており、何れの理由からするも違法であつて取消さるべきである。

(四)  右主張に理由がないとしても、控訴人の昭和二六事業年度分の所得金額、法人税額は前記別表記載の控訴人の確定申告額である一六六万六、六〇〇円、六九万九、七〇〇円であり、昭和二九事業年度分のそれは同表記載の控訴人の確定申告額二二万九、八〇〇円、九万六、五一〇円であつたものであるから、被控訴人熊本税務署長のなした前記再更正処分並びに更正処分(但し審査決定で取消された分を除く。)中申告額を超える部分及び重加算税額、過少申告加算税額の全額は違法として取消さるべきである。

二  被控訴人らの答弁並びに主張

(一)  請求原因事実(一)は認める。

(二)  同(二)は争う。被控訴人熊本国税局長のなした審査決定通知には、昭和二六事業年度分については「法人設立に際しての楮畑山出資関係についての貴法人の主張は認められません。」と、また昭和二九事業年度分については、「仕入洩れについては一部真実と認められますが、支払代金の出所が不明であり、財産増減法によつて判定した所得金額でありますから所得金額は影響ありません。」と各記載されている。

審査決定に付記すべき理由の程度は、個々の争点についての審査庁の判断を示せば足り、事実認定の基礎となつた証拠の説明や計算の過程までも記載する必要はないものである。

そして、昭和二六事業年度分については、控訴会社設立に際して出資されたのは、熊本県菊池郡水源村大字原字楮畑山五、〇二一番二所在の山林四三町四反五畝三歩(以下本件山林という。)地上の原木三、五五〇石にすぎないとの控訴人の主張は認められず、出資やその後の買入れによつて右山林全部を取得したとの判断を示したものであつて、右付記理由で控訴人は充分理解可能な筈であり、また昭和二九事業年度分については、財産増減法、すなわち期首、期末の資産、負債を把握し、その対照によつて算出する所得の計算方法によつたので、個別的な仕入れ洩れや経費洩れは所得の計算上影響がない旨の当然の事理を示したものであり、まして後記のとおり青色申告書提出承認取消処分を受けた控訴人の場合、前記の程度の理由の付記で充分であり、審査決定に控訴人主張のような違法はない。

(三)  被控訴人熊本税務署長のした再更正ならびに更正処分通知書に理由を付記しなかつたことは認め、その余は争う。

(四)  しかしながら右理由付記欠缺の瑕疵はつぎの理由によつて治ゆした。

すなわち、調査の結果控訴人が昭和二六事業年度分の所得の計算に関して備付けるべき帖簿書類に取引の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装して記載する等、当該書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があることが判明したので、同被控訴人において当時の法人税法第二五条第七項第三号に則り、前記再更正処分ならびに更正処分よりややおくれる昭和三二年五月八日付をもつて昭和二六事業年度に遡り青色申告書提出の承認を取消し、右処分の通知書はそのころ控訴人に到達したので、同年度以降控訴人が提出した青色申告書は青色申告書以外の申告書とみなされることになつた。

而して前記再更正ならびに更正処分は前記取消処分のなされることを前提としてなされたものである。

したがつて、右のような場合、前記更正処分等の理由付記欠缺の瑕疵は前記取消処分の効力の発生により治ゆしたものというべきである。

(五)  仮に瑕疵の治ゆが認められないとしても、青色申告書提出の承認を受けた者は、命令の定める帖簿書類に一切の取引を複式簿記の原則にしたがつて記載し、右記載に基いて決算を行うことが要求されるところ、控訴人の場合右帖簿が全く整理されておらず、原始記録さえ整つていなかつたものであるから、控訴人は青色申告者として特典を自ら放棄したものというべく、したがつて青色申告者の特典である更正処分等の理由付記が欠缺したとして違法を主張することは信義則に反し許されない。

(六)  請求原因事実(四)は争う。

被控訴人熊本税務署長のなした再更正ならびに更正処分の根拠(但し審査決定によつて一部取消された分を除く)は原判決添付の準備書面記載のとおりであるが、主要な点(本件山林関係)はつぎのとおりである。

(昭和二六事業年度分について)〈省略〉

(昭和二九事業年度分について)〈省略〉

三  被控訴人らの主張に対する控訴人の答弁並びに主張

(一)  審査決定通知書に被控訴人熊本国税局長主張のような理由の記載のあつたことは認め、その余は争う。

(二)  控訴人が青色申告書提出承認取消通知書を受領したことは認め、その余は争う。

(三)  しかしながら控訴人は整備された帖簿書類を備え、これに基いて決算を行い、且つ確定申告を行つていたものである。ただ、控訴会社設立事務やその後の確定申告のための帖簿の整理を委託されていた林計理事務所の事務員永見清一郎が控訴人の取引の実情を把握できないため記帖上の過誤を犯したことがないわけではない。

また、簿記の知識に乏しい控訴会社経理係事務員高橋静子の記帖に正確さを欠くことのあつたことも否定できない。しかしながら、前記永見の記帖上の過誤は故意によるものではなく、また高橋のそれも代表者の全くあづかり知らぬところであつた。

したがつて隠ぺい行為等があつたことを前提としてなされた本件青色申告書提出承認取消処分には重大明白な瑕疵があつたものとして無効である。

(四)  仮に右主張に理由がないとしても、理由付記欠缺という更正処分の瑕疵が、後に青色申告書提出承認取消処分があつたからといつて治ゆされる筈はない。

(五)  被控訴人ら主張の原判決別紙準備書面記載の課税要件中本件山林関係の主張についての控訴人の申告額と異る部分はすべて争う。その余の主張については、益金科目を控訴人の申告額より増額する部分はすべて争い、損金科目を申告額より増額する部分は認め、減額する部分は争う。

(六)  本件山林関係についての控訴人の主張はつぎのとおりである。

(昭和二六事業年度分について)〈省略〉

(昭和二九事業年度分について)〈省略〉

第三立証〈省略〉

理由

第一被控訴人熊本国税局長に対する請求について

一  控訴人が昭和二六年八月一〇日設立された原木の買付け、製材加工および販売等を目的とする法人であること、控訴人が被控訴人熊本税務署長のなした昭和二六事業年度分の確定申告の所得および法人税額の再更正処分ならびに昭和二九事業年度分の確定申告の所得および法人税額の更正処分を不服として、被控訴人熊本国税局長に対して審査請求をなし、同被控訴人が審査決定の通知をしたことは当事者間に争いがない。

二  当時の法人税法第三五条第五項には審査決定は理由を付記した書面をもつて審査請求をした法人に通知しなければならないものと規定されており、その趣旨とするところは、審査機関の判断を慎重ならしめるとともに決定が恣意に流れないようその公正を担保するにあると解され、付記すべき理由の程度は具体的な争点について結論に到達するまでの過程を明らかにするものでなければならないけれども、事実認定の基礎となつた証拠の説明や計算の詳細までを要求されるものではないと解される。これを本件についてみるに、

(一)  〈証拠省略〉によれば、昭和二六事業年度分についての控訴人の不服は、(イ)控訴会社設立当時高畑末登が出資したものは本件山林の全部ではなく、間伐予定の原木三、五五〇石のみであつて爾余は、当事業年度中高畑末登の所有のままであつたということ、(ロ)原処分での認定額を超える仕入れおよび経費があり、これに伴つて所得額は減少すべきものである。というのであつて、これらの争点につき、審査決定通知に付記された理由は、(イ)については「法人設立に際しての楮畑山出資関係についての貴法人の主張は認められません。」(以上の理由付記については争いがない。)(ロ)のうち仕入れについての主張の一部を認容し、その余および経費についての控訴人の主張は認容し難い。との趣旨であつたことが認められる。そして(イ)については、控訴人主張の材積を超える原木の生立する本件山林の全部が出資や仕入れによつて控訴会社に帰したものとの、(ロ)については審査の結果認容した一部を除き、原処分を超える額があつたとは認められないとの各事実認定をしたことがうかがわれ、右認定の資料となつた個々の証拠説明や、所得額算出の過程までは明らかにしていないけれども、上記の程度の記載をもつて最少限度法の要求する理由の付記がなされたものとみて差支えないものと解する。

(二)  つぎに〈証拠省略〉によれば、昭和二九事業年度分についての控訴人の不服は、原処分を超える仕入れおよび経費があつたので、これに見合つて所得は原処分認定額より減少すべきである。というものであり、審査決定に付記された理由は「仕入れ洩れについては一部真実と認められますが、支払代金の出所が不明であり、財産増減法によつて判定した所得金額でありますから所得額には影響ありません。」(以上の付記理由は争いがない。)「経費洩れについては、原処分で四五五、五〇〇円を認めてあり、それ以上であることの理由がありません。」というものであつたことが認められる。

右記載によると、原処分である更正処分においては、期首、期末の資産を対比して増加額をその所得とする資産増減法を採用したものであるから、仕入れや経費の多寡は所得計算上影響がない旨の当然の事理を説示し、なお念のため仕入れや経費についての控訴人の主張についても検討し、右主張も認め難いので、前記推計課税の合理性を疑うに足りないとの判断を示したものであると解される。(なお、控訴人は、後記青色申告書提出承認取消処分によつて昭和二六事業年度以降白色申告者になつたものであるから、昭和二九事業年度の所得を右のような資産増減法によつて計算したことに何ら違法のかどはない。)

してみると、審査決定通知に付記すべき理由としては前記の程度をもつて敢えて違法視することはできない。

第二被控訴人熊本税務署長に対する請求中処分の理由付記欠缺の主張について、

一  控訴人が昭和二六事業年度分以降青色申告書提出の承認を受けたものであること、同被控訴人が昭和三二年一月二三日控訴人の昭和二六事業年度分の確定申告の所得額、法人税額につき再更正処分を、昭和三二年三月八日昭和二九事業年度分の確定申告の所得額、法人税額につき更正処分をなし、そのころ控訴人に通知したが、右通知書は理由の付記を全く欠くものであつたことは当事者間に争いがない。

当時の法人税法第三二条によれば、青色申告提出承認を受けた者に対する更正処分の通知書には理由の付記を要することになつており、これも処分庁の判断が恣意に流れないよう担保し、併せて処分の理由を相手方に知らせて不服申立に便宜を与える趣旨のものであると解され、右通知に理由の付記を欠くときは更正処分自体の瑕疵として取消事由となるものといわなければならない。

二  そこで同被控訴人の主張する右瑕疵の治ゆの有無につき判断する。

(一)  右法人税法の規定からみて、更正処分の通知に理由の付記が要求されるのは、青色申告書提出の承認を受けた者の場合のみであり、これは青色申告者に与えられた特典であると解される。

(二)  同被控訴人が前記再更正処分および更正処分の後である昭和三二年五月八日付をもつて、控訴人が当時の法人税法第二五条第七項第三号(取引の一部につき隠ぺいまたは仮装して記載する等帖簿書類の記載について真実性を疑うに足りる不実の記載がある場合)に該当するものとして、青色申告書提出承認を昭和二六事業年度に遡つて取消し、その旨を控訴人に通知したことは当事者間に争いがなく、当時の法人税法第二五条第七項の規定によれば、青色申告書提出の承認が取消されたときは、右取消された時以降提出された青色申告書は右以外の申告書とみなされることになつている。

(三)  控訴人は、控訴人の帖簿書類には不実の記載はなく、仮に脱漏があつたとしても代表者の与り知らないところで、右取消処分は事実認定を誤つた無効な処分であると主張するが、〈証拠省略〉を総合すると、控訴人会社において日常の経理事務を担当していた訴外高橋静子は昭和二六事業年度から小口売掛の一部を故意に正規の帖簿に記入せず、簿外の雑記帖等に記入したり全く記帖をしないままであつたこと、また大口取引はほとんど代表者自身が担当したが、その結果を高橋に連絡しないことがしばしばあり、連絡を受けた場合にも高橋においてことさら正規の帖簿に記入しないこともあつたこと、売上金の一部が簿外銀行預金になつていたこと、高橋の右のような帖簿への記入の脱漏や簿外帖簿への記入については一々代表者から指示されたわけでも、また代表者に報告したわけでもなかつたけれども、代表者がこれを全く知らなかつたとは到底いえないような状況下にあつたことが認められる。

したがつて右主張は採用できない。

(四)  ところで、通知書に理由付記を欠いた更正処分の瑕疵は行政行為のいわば形式上のものであつて、匡正できない程重大なものとは思われず、本件再更正処分ならびに更正処分については、その通知後さして日時を経過しない三ケ月余の後には青色申告書提出承認の取消処分のなされたことによつて、控訴人は更正処分に理由の付記を要しない白色申告者となつたものであり、またすでに述べたとおり現に控訴人は審査請求をすることにより右更正処分に対して不服申立をしたものであつて、理由付記の欠缺により実質的な不利益を受けなかつたこと等の事情も勘案すれば、本件再更正処分等の瑕疵は青色申告書提出承認取消処分によつて治癒したものと解するのが相当である。

三  同被控訴人が右更正処分等をするにつき推計課税の方法によつたことに違法のかどのないことはすでに述べたとおりである。

第三被控訴人熊本税務署長に対する請求中、課税標準認定の誤りの主張について〈省略〉

第四結論

叙上のとおりであるから、被控訴人熊本国税局長に対する請求、被控訴人熊本税務署長に対する請求中昭和二九事業年度分中の法人税額六〇七万八、二五〇円、過少申告加算税一八万一、八〇〇円を超える課税処分を求める部分は正当であるがその余は失当であるところ、これと同趣旨の原判決は正当であつて本件控訴は理由がないので棄却することとし、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤秀 諸江田鶴雄 森林稔)

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